ある英単語のおかげでナイロビで命拾いしたはなし

皆さん,こんにちは。

青藍塾代表の澁谷です。


今日は,私が大学生の時に旅で訪れたケニアのナイロビでのある出来事についてお話ししたいと思います。


私は大学生(と大学院生)のころ,大学の長期休暇の度に一人でバックパックを背負って旅に出ていて,6年間で合計40か国以上を回ったのですが,そんなことをしていた大学2年生の夏休みに,私は1か月をかけてトルコ→フランス→ケニアを周遊する旅に出ました。

そして,トルコとフランスの旅を終え,最後の目的地であるケニアに向けて,パリのシャルル・ド・ゴール空港から飛行機で飛び立ちました。

昔からそうだったのですが,当時のケニアもあまり治安が良い国であるとは言えず,特に首都ナイロビは,日本とは比べ物にならないくらい凶悪事件が多く,毎年外国人旅行者を狙った強盗事件も多発していました。

例えば,私がケニアを訪れる数年前には,ナイロビにある外国人向けのホステルを武装集団が襲撃し,10名近くの旅行者たちが拉致され,金品を強奪されたあげくに,郊外のゴミ捨て場から遺体が発見されるという,聞くだけでも恐ろしいような事件が起きていました。

そんな物騒な国なんかはじめから行かなければいいじゃないかと思われてしまいそうですが,当時19歳の私は,「それでもサバンナの雄大な自然で暮らす野生動物たちの姿を見たい!」と思っていたのです。

とはいえ,その時の私はまだ旅を始めてまだ2年目でしたので,「ナイロビの市内では一人で出歩かない」「日没後は宿から出ない」「たとえ正規のタクシーであっても,運転手の身分証を確認してからでないと乗らない」などといったルールを事前に自分自身に課すなど,身の安全には細心の注意を払っていました。


ところが,です。

パリを飛び立って,ナイロビ国際空港に到着したのが,なんと深夜2時だったのです。

空港の出口から外を見ると,真っ暗な闇がどこまでも広がっていました。

それを観た瞬間,「ここから出たら死ぬな」と,思いました。

そのため,夜が明けるまで空港の中で待機していようと思い,寝どころを探してターミナル内をさまよっていると,深夜にもかかわらずいくつかの現地のツアー会社のオフィスが開いているのを見つけたのです。

目的地のサバンナがあるセレンゲティ国立公園には個人で行く手段が存在せず,もともと現地ツアーに申し込むつもりでいたため,ちょうどよかったとばかりに,何軒かオフィスを回って話を聞いてみることにしました。

そして,3軒目のツアー会社が良さそうに思えたので,その場でツアーに申し込むことにしたのですが,手続きを終えた後,そこで対応してくれた黒人のお姉さんがとても親切なことに,

「あなたどうせ空港にいても暇でしょう?いま運転手を呼んであげるから,市内にあるうちのオフィスまで行って,そこでツアーが出発する朝8時まで待っていなさいよ」

と言ってくれたのです。

確かに,このまま空港で一人で不安な夜を過ごすよりも,誰かと一緒にいたほうが安心ですし,しかも市内まで無料で送迎してくれるわけですから,これは渡りに船とばかりに,当然お願いすることにしました。

そして待つこと10分ほど,同じツアー会社のスタッフだという別の黒人のお兄さんがやってきて,車まで案内してくれることになりました。

早速,二人で駐車場で車に乗り込み,市内に向けて走り出しました。

ナイロビ市内までは確か30分ほどの道のりだったと思いますが,車の窓から見える外の景色は闇,闇,闇。

街灯などほとんどなく,どこまでも暗闇が広がるばかりです。

(それでも,途中でヘッドライトに照らされ,道路わきに佇むシマウマを見つけた時には驚きました。それと同時に「これぞアフリカ!」と興奮もしました)

そして無事,車はナイロビ市内にあるツアー会社のオフィスの前まで到着したのですが,時刻はまだ夜中の3時半。

ビルの5階にあるというオフィスには電気は点いておらず,もちろん,辺りもまだ真っ暗です。

車から降りた私は,当然,運転手がオフィスの中まで案内して,そのまま朝まで一緒にいてくれるものだと思って待っていたのですが,お兄さんは一向に車から降りてくる気配がありません。

それどころか,なんと再びエンジンをかけて走り去ろうとしたので,私は慌てて彼を呼び止めました。

「オフィスの中まで案内してくれるんじゃないのか!?」と尋ねると,彼は

「俺は君をここまで送り届けるようにしか言われていないよ。それに,俺はオフィスの鍵は持っていないから,中に入ることはできないんだ」

と言われてしまいました。

どこで話がずれてしまったのか…,しかし,海外,特にアフリカではよくあることです。

とはいえ,私もそこで,「はいそうですか,わかりました」というわけにはいきません。

こちらも命がかかっているわけですから,

「このままここにいるわけにはいかない!どうにかしてくれ!」

とお兄さんに頼みました。

すると,お兄さんはしばし考えた末に,車から降りてきて,「こっちについて来い」と私をビルの中へと案内し始めました。

オフィスの鍵も持っていないのにどこへ連れて行く気かと,不審に思いながらも付いていくと,ビルの1階の階段下にある,小さな部屋の中へと私をいざなうのです。

中に入ってみるとなんとビックリ,実はそこは警備室で,そこには5人の屈強そうな黒人の警備員たちがいたのです。

驚く私に向かって,お兄さんが説明を始めました。

「ここにいれば君は安全だし,朝になれば別のスタッフが君を迎えに来る。俺はまた空港に戻らなきゃいけないから,もう行くよ。旅を楽しんでな」

とだけ言い残し,そのまま部屋から出て行ってしまいました。


さて,警備員たちはというと,明らかに私のことを怪しんでします。

そりゃそうでしょう,いきなりどこの馬の骨ともわからない東洋人のガキんちょが朝まで同じ部屋にいることになったのですから。

私は突然の状況にどうして良いか分からなかったので,とりあえず近くの椅子に静かに腰を下ろしました。

警備員たちも遠巻きに私のことをじっと見つめるばかりで,近寄って来ません。

そのまま会話を交わすこともなく,5分ほどが経ちました。

そのあいだに私は自分の置かれた状況を整理してみました。

確かにここはとても安全な場所であるように思えましたが,同時にとても危険な場所であるようにも思えました。

なぜなら,もし目の前の5人が結託して,私から金品を強奪しようと思えば,これほど決行しやすい場所は他にはないでしょう。

目撃者もなく,私が助けを求めてもその声は誰にも届かず,もし勢い余って私を殺してしまったとしても,遺体をどこかに運び出されて捨てられるだけかもしれません。

この建物の警備員ですから,もし監視カメラがあっても,映像の消去は容易いはずです。

運転手のお兄さんの証言で警察がやって来たとしても,もし5人が口裏を合わせて,「そんな男,はじめからここには来ていない」とさえ言えば,捜査は打ち切られてしまうかもしれません。

(日本の警察とケニアの警察は違いますから…)

と,私がそんなことを頭の中で考えていると,彼らが私のほうを見ながらヒソヒソ話を始めました。

声が小さく,現地語で話しているため,彼らが何を話しているのかはまったく分かりません。

「もしかしたら私に襲い掛かる手はずを整えているのかもしれない!」っと恐ろしい考えが頭によぎったその時,5人のうちの一人が私に近寄ってきて,話しかけてきたのです。

「お前はどこから来たんだ?」

と尋ねてきたのです。

(ちなみに,彼らとの会話はすべて英語で交わされました)

私は,怖がっていることを相手に読み取られてはいけないと思い,わざと尊大な口調で,

「日本から来た」

と答えました。すると,

「日本っていうのはどこにあるんだ?」

と返ってきました。

「日本というのは,アジアの東にある」

と私も答えました。

そのアジアは世界のどこにあるのかと考えているのか,彼はそのまま黙ったままです。

しばらくして,

「お前は何歳だ?」

と今度は聞いてきました。そこで私が,

「19歳だ」

と答えると,彼らは全員少し驚いたような反応をしました。

彼らからしてみれば,聞いたこともないような遠い国から来た19歳のガキが,一人で異国を旅していることが珍しく思えたのかもしれません。

「19歳の若造がこの国に何をしに来たんだ?」

と,今度は近くで会話を聞いていた別の警備員の男が聞いてきました。

私は一瞬,「観光のためだ」と言いかけましたが,「観光目的=お金持ち」と捉えられると,襲われる可能性が高くなるかもしれないととっさに思い,

「勉強をしに来た」

と答えました。すると,

「何の勉強だ?」

と聞かれたので,私は大学で文学を専攻していたこともあり,

「文学(literature)だ」

と答えましたが,私の発音が悪かったのか,それとも彼らが literature という単語を知らなかったのか,彼らはあまり要領を得ていないような表情をしていました。

その後,彼らは,私に対する警戒心が徐々に解けてきたのか,「家族はいるのか」「恋人はいるのか」「この国をどう思うか」など,次々と質問を投げかけてきました。

そして,ある時,

「お前の宗教は何だ?」

という質問をされたのです。

実はこの質問,海外でされた時には慎重に言葉を選ぶ必要があります。

私自身はというと,人が亡くなればお坊さんを呼び,12月にはクリスマスを祝い,正月には神社に初詣に行く,いわゆる典型的な日本人の宗教観であり,特にこれといった宗派には属していないのですが,日本とは違って信仰心のあつい国の人々に対して,「自分は無宗教です」と言うことは,「俺は道徳心のかけらもないクレイジー野郎だ」と言うに等しい意味を持つ場合があるからです。

ケニアの場合は,大多数を占めるキリスト教徒のほかに,イスラム教徒や伝統宗教を信仰する人々もいます。

そのため,「お前の宗教は何だ?」と聞かれた時に,直感的に「ここは『無宗教だ』と答えるべきではない」と感じ,「なにか具体的な宗教名を答えなければ!」と考えました。

しかし,普段あまり宗教のことを気にしていなかったこともあり,何と答えてよいのか迷ってしまいました。

まず,神社にはよくお参りするし,『古事記』の物語も好きなので,「神道だ」と答えようかと思いましたが,ケニア人に Shinto が通じるはずはないと思い,却下しました。

次に,通っている大学(青山学院大学)がミッション系の大学だったので,「キリスト教徒だ」と答えようかと思いましたが,大学1年生のときに唯一,キリスト教に関する初歩中の初歩である「キリスト教概論」という必修授業の単位を(真面目に勉強していたにもかかわらず)落としていたため,キリスト教徒を名乗るのは忍びないと思い,却下しました。

そこで最終的に,「仏教徒だ」と答えることにしました。

私は早速,

「 I'm a Buddhist ! (アイム・ア・ブディスト!)」

と言いました。

ところが,彼らはみんな首を傾げ,「?」という表情をしています。

しまった!「神道(Shinto)」だけじゃなくて「仏教徒(Buddhist)」も彼らには通じないのか!と,私は焦りました。

まずい,このままでは無宗教だと思われて,「道徳心のかけらもない人間=金品を奪い取っても構わないやつ」となり,襲われてしまうかもしれないと恐ろしくなりました。

何とかして「仏教徒」を理解してもらわなければならない,しかし,私は Buddhist という単語以外に仏教徒を意味する単語を知らなかったので,

「I'm a Buddhist ! I'm a Buddhist ! I'm a Buddhist !」

と連呼することしかできません。

しかし,彼らには一向に伝わる気配がありません。

みるみるうちに,私に対する警戒心が彼らの顔によみがえってくるのが分かりました。

それを見て,私もますます焦りました。

ところが,私はもはやパニック状態に陥り,「 I'm a Buddhist !」と叫ぶことしかできなくなっていました。

もうダメだ!っと諦めかけたちょうどそのとき,彼らのうちの一人が

「そうか!わかったぞ!」

と言ったのです。

とうとう「仏教徒」が伝わったのか!助かった!っと思ったその時,なんと彼は続けてこう言ったのです。

「He is a ... "PRIEST" ! 」

それを聞いて私も,ほかの4人もビックリ仰天しました。

なんと,Buddhist(仏教徒) が priest(牧師) に聞き間違えられてしまったのです。

「このお方は牧師だったのか!」

と,つい先ほどまでは怪しむ目つきだった彼らの私を見る目が,がらりと変わりました。

私はすぐに自分が牧師に勘違いされていることに気が付き,訂正しようかと思いましたが,今から間違いを直すと,「こいつ,自分の身分を牧師だと偽ったぞ!」と,かえって話がややこしくなると思い,そのまま牧師だと勘違いさせておくことにしました。

するとどうでしょう,先ほどまでは無愛想だった彼らの表情が一変し,

「牧師様,こちらのソファへどうぞ」

と,居心地の良いソファへ案内され,

「牧師様,お茶でもいかがですか」

と,お茶まで出してくれるようになったのです。

どうやら,彼らの中で私は勝手に,「遠い異国の地からキリスト教布教のために若くして単身遣わされた伝道師」となっていたようです。

そして,

「牧師様,お疲れでしょうから,このソファでゆっくりお休みください。俺たちが見守っていますから」

と言ってくれ,私は今やおそらくナイロビで一番安全となった小さな警備室の中で,朝まで安全に過ごすことができたのです。


めでたし,めでたし。










 


















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